ポジティブな名言のほとんどは「やれ」を複雑に表現しただけのものだ。
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アインシュタインは、世間的には無能だった。
学校の成績は悪く、大学受験に失敗し、制度を利用してチューリッヒ工科大学に無試験入学したが、大学の講義にはついていけないと分かっていたので、講義には出なかった。
大学を出ても、研究職に就くことが出来ず、特許庁の事務員になった。

彼もまた、独立した個人という感覚が希薄だったのだ。
それで、自分と他人、自分と外物、そして、外物と外物の区別が明確でなかった。
それが、彼の全ての性質を見事に言い表せる。

彼は、洗濯石鹸と髭剃り用石鹸の区別をせず、洗濯石鹸で髭を剃った。
そして彼は、(慣性系における)全ての基本的物理法則は全く同じと見なし、特殊相対性原理を発見した。
さらに、重力と加速度は同じで、時間と空間は同じと気付き、一般相対性原理を発見した。

アメリカに渡った(亡命した)アインシュタインの収入は多かった。
アメリカ最高の研究機関プリンストン高等研究所では、アインシュタインを研究員に迎えるために2万ドルの年棒を用意した。1933年のことである。(アインシュタイン自身は年棒千ドルを要求した)
だが、自他の区別の無いアインシュタインは、誰とでも収入を大らかに分かち合った。要求されれば誰にでも金を与えた。彼にとっては自然なことだった。

アインシュタインを高名な学者だと知らず、数学の先生だと思っていた女子中学生が数学の宿題を手伝うよう頼んだら、彼は当然のことのように協力した。その女子中学生の母親が卒倒しかけて謝罪に来たが、アインシュタインには謝られる理由が分からなかった。彼に地位や年齢の違いという概念はないのだ。

llbwwb:

Stuffing his cheeks for later:) by barbara lynne

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いまの人は、みんな、「何かしなければ」と思いすぎる。
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「かわいい」には死の要素はほぼない。

「きれい」には少しある。

「美しい」とは死と生の混濁だ。

— (via constan)
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師を見るな。師が見ているものを見よ。
— 内田 樹 (via mirokubosatsu) (via cipher) (via maako) (via dannnao) (via kml) (via gkojax, kutsunomiya)
2009-08-26 (via gkojay) (via udonchan) (via inu) (via hustler4life) (via kaz4g) (via usaginobike) (via ssbt) (via yasunao-over100notes) 2011-05-23 (via gkojay) (via usaginobike) (via tyore) (via harapon) (via usaginobike) (via nkoz)
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競走馬で子孫が残せるのはごくわずかのエリートだが、その選りすぐりのエリートの子孫でも競争馬で通用しないケースのほうがはるかに多いらしい現実を、私は乗馬を通じてまざまざと知らされた。以来、人間社会でも安易な世襲なぞ決して許されていいわけがないと思うようにもなった。
 そのことに関してはまた、習い始めた頃に、とあるインストラクターから聞かされた今に忘れがたい話もあり。私は馬上でそれを耳にした。ほかにも何人かが馬に乗って、ただグルグルと馬場を歩きまわっていた時のことだ。馬はいずれも競馬界の落ちこぼれのごとく緩慢な動きを見せていたが、インストラクターは唐突に「この子たちはみんなエリートなんですよ」と穏やかな口調で話し始めた。

 サラブレッドはもともと速く走ることを目的に作られた品種なので、アマチュアの乗り手が耐えられるようなスピードで走るのはむしろ難しい。故に競馬界を引退したサラブレッドの多くは、訓練を受け直しても一般人の乗用馬にはなれずに、虚しく命を落としてしまうのだという。
「ゆっくり走るようになれるのも才能です。だからこの子たちはエリートなんです」と最後は断固たる口調で締めくくられた。コペルニクス的転回ともいえるその発言を聞いて、私は自身でも意外なほど強く心を打たれたのだった。
 ゆっくり走れるのも才能とは、実に言い得て妙で、あらゆる物事に関しての暗喩ともなる。個人の生き方、組織の運営、さらには社会のあり方にもアナロジーが適用される。
 命をつなぐ方法は、何も競争で速く走って勝ち残るのみではないのだ。そうした価値観の転換は人を生きやすくさせるかもしれない。また地球の未来にとっても必要なことではないか、と思ったりする。

活字中毒R。


2012年4月15日の『日本経済新聞』の文化欄に掲載された、松井今日子さんの「馬が教えること」というエッセイの一部

(via koris1974)

おい、かっこつけんじゃねえよ。
お前だって金が欲しいんだろ?
いい服着て、美味い飯を喰いたいんだろ?
それでいいじゃねえか。
隠すなよ。
他人のことなんか構う暇ねえよ。
自分さえよければそれでいいんだよ。
そういう「リアルな実感」の上に
「やられたらやり返せ」というショーヴィスムや
市場原理主義や弱肉強食の能力主義の言説が載っている。

私たちの言葉と彼らの言葉をわかつのは、
そのような下品な言葉に
生身の人間は長くは耐えられないという 、
私たちの側の「弱さ」だけである。

弱さは武器にはならない。
けれども、最終的に人間性を基礎づけるのは、
その脆弱性なのだと私は思う。

— 生身の弱さについて(内田樹の研究室より) (via pandante)
PETAPETAからリブログ
遠くの人とリアルタイムで会話して、共有して、サクサクファイルをやりとりする機能をOSに入れてくれてるのに、満員電車に乗って出勤する
二人の関係が二人にしかわからない理由でずっと続けばいい

(via yuramaro, synr) (via motomocomo)
労働基準法がまずあって、「そんなの守ってたら企業は潰れるんだよ」に対してはちゃんと「そんなの守ってたら潰れるようなブラック企業は潰さないと社会が潰れるんだよ」を徹底しないとダメだと思う。
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たいがいの事は一晩たてばどうでもよくなってる どうでもよくなった問題は解決する必要がない
Twitter / おなす
2009-07-24 (via mcsgsym, rpm99) (via hakkatabaco) (via twominutewarning) (via an-k) (via hustler4life) (via konishiroku)
ああいうメッセージはたぶん、乗務員の士気を高めてくれる。「お客さんのために真心で頑張れ」をどれだけ連呼したところで、現場はそのうち身動きが取れなくなってくる。押しつぶされて後が無い現場にあって、あのメッセージは、相当強力に、乗務員の背中を支えてくれる。
「“依存”ってのはね、つまりは人間そのもののことでもあるんだ。何かに依存していない人間がいるとしたら、それは死者だけですよ。いや、幽霊が出ることを見たら、死者だって何かに依存しているのかもしれない。この世にあるものはすべて人間の依存の対象でしょう。アルコールに依存している人間なんて可愛いもんだ。血と金と権力の中毒になった人間が、国家に依存して人殺しをやってるじゃないですか。連中も依存症なんですよ。たちのわるいね。依存のことを考えるのなら、根っこは“人間がこの世に生まれてくる”、そのことにまでかかっているんだ。心理学者だけの手におえるようなもんじゃないでしょう」
— 中島らも - 「今夜、すべてのバーで」 (via harajuku207)

ラッコは自分の石を他のラッコに自慢する事がある

そして海中かなんかに落として石をなくすと本気でヘコむ、
元気なくなってエサを食わなくなって
代わりの石を与えても受け取らない

【雑学】生き物のトリビアを置いていけ:哲学ニュースnwk

すげえめんどくせえなラッコw

(via mnky)

かわいい

(via mimioui)